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新潟地方裁判所長岡支部 昭和32年(わ)20号 判決

被告人 高橋重英 外二名

主文

被告人長谷川力一、同斎木順太郎を各懲役六月に処する。

但し被告人両名に対し、本裁判確定の日から一年間いずれも右刑の執行を猶予する。

領置にかかる家畜共済事故評価書一通(甲第三八号証)はこれを没収する。

被告人高橋重英は無罪。

理由

(罪となる事実)

被告人長谷川力一は昭和二十三年五月以来、農業災害補償法に基き設立された新潟県中魚沼郡仙田村(その後同郡川西町に合併)所在、仙田村農業共済組合(合併後に川西町農業共済組合)に勤務し、共済係書記として農作物、家畜等の共済事務を担当していたもの、被告人斎木順太郎は前記仙田村に居住し、農業を営み牡牛(当二才)を所有して仙田村農業共済組合に組合員として加入していた者であるが、昭和三十一年四月下旬頃、被告人斎木が飼育していた前記牡牛が病気となり次第に容態が悪化したので、被告人斎木は右牡牛の売主である家畜商高野美由に相談の上、同年五月二日被告人長谷川立会いで川西地区農業改良普及事務所勤務の獣医入田貞の診察を受けたところ、農薬中毒であつて治癒の見込は殆どないとの診断であつた、そこで同日夕方被告人長谷川は前記農業共済組合事務所に被告人斎木と高野美由とを呼んで危険であるから食肉として市販しないよう注意を与えたが、その際両人から「代りの牛を購入するのに必要だからできる丈早く保険金が下りるよう尽力して貰いたい。」旨懇請された。そこで被告人長谷川は家畜の死亡廃用共済においては、廃用の場合の方が死亡の場合に比し手続が繁雑であるため都道府県農業共済組合連合会からの各共済組合に対する共済保険金の交付に時日を要し、従つて共済金の支払が遅れる実情にあること等を考え、前記牡牛が既に死亡したことにして新潟県農業共済組合連合会に共済保険金を請求する手続をとろうと企て、高野美由及び被告人斎木にその旨話したところ、両人もこれに同意し、被告人斎木は必要書類の作成その他手続の一切を被告人長谷川に依頼し、ここに右三名の間に被告人斎木所有にかかる前記牡牛が未だ死亡していないにも拘らず既に死亡した如くに装つて、不実の必要書類作成のうえ新潟県農業共済組合連合会に提出して共済保険金を騙取しようとの共謀が成立し、

第一、被告人長谷川は同年五月十日頃前記共謀の趣旨に則り、仙田村農業共済組合事務所において、行使の目的を以て擅に評価委員高橋栄、同佐藤博夫の名義を冒用し、同事務所備付けの家畜共済事故評価書用紙三枚に複写によりその畜主住所氏名欄に中魚沼郡仙田村高倉斎木順太郎、畜種欄に牛、性別欄に牝(被告人長谷川が誤記したもの)、用途欄に其の他、年令欄に二九年二月生、評価月日欄に昭和三一年五月二日、評価場所欄に畜主畜舎、評価金額欄に三万円、残存物価額欄に「埋却に因りなし」、書類作成月日欄に昭和三一年五月二日、その他必要事項を記入したうえ、作成名義人として評価者長谷川力一、同高橋栄、同佐藤博夫と記入し、各通の自己の名下に自己の認印を、高橋栄、及び佐藤博夫の各名下に有合印をそれぞれ押捺し、以て被告人長谷川外前記二名の評価委員が被告人斎木所有にかかる前記牛の死亡に基き、適法に死亡直前の牛の価額、及び残存物価額を評価した旨の右三名名義仙田村農業共済組合長宛の家畜共済事故評価書三通(うち一通は甲第三八号証)を順次偽造し、

第二、ついで被告人長谷川は同月十六日頃前同様前記組合事務所において行使の目的を以て擅に同事務所備付けの家畜死亡廃用共済保険金請求書用紙二枚に複写によりその請求金額欄に二万円、共済価額欄に三万、共済金額欄に二万、事故の原因発生直前の価額欄に三万、支払共済金欄に二万、請求保険金欄に二万、備考欄に埋却、書類作成年月日欄に昭和三一年五月十六日、その他必要事項を記入したうえ、作成名義人肩書欄の農業共済組合組合長理事との印刷文字の頭初に仙田村と書き加え、作成名義人として南雲俊平と記入し、各通の右名下に印鑑箱に保管されていた組合長印を押捺し、以て仙田村農業共済組合組合長理事南雲俊平名義新潟県農業共済組合連合会宛の、被告人斎木所有にかかる前記牡牛が死亡埋却されたとの虚構の事実に基く家畜死亡廃用共済保険金請求書二通を順次偽造し、

第三、ついで被告人長谷川はその頃かねて共謀の趣旨に従い、偽造にかかる前記家畜共済事故評価書並びに家畜死亡廃用共済保険金請求書のうち各一通を恰も真正に成立したものの如く装い、診断書、家畜埋却証明書等被告人斎木所有にかかる前記牡牛が農薬中毒により死亡埋却された旨内容虚偽の必要書類添付のうえ、一括して新潟県農業共済組合連合会中魚沼郡支部を経由して県連合会宛送付し、同年六月十三日同連合会に到達受理させてこれを行使し、同連合会係員をして右各書類がいずれも真正に成立した内容真実のものであつて、前記牡牛が既に死亡埋却されたものと誤信せしめたうえ同連合会から共済保険金二万円を騙取しようとしたが、本件犯行が発覚して組合長南雲俊平が右共済保険金の請求を取下げたためその目的を遂げなかつた。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)(中略)

被告人高橋重英に対する公文書偽造の事実(起訴状記載の公訴事実中第一の事実)については、被告人高橋重英の司法警察員、検察官に対する各供述調書、被告人長谷川力一の検察官に対する昭和三十二年三月十四日附、司法警察員に対する昭和三十一年八月二十日附各供述調書、領置にかかる家畜埋却証明書(甲第三九号証)を綜合すれば、被告人高橋が昭和三十一年五月中旬頃仙田村役場において被告人長谷川の依頼により仙田村長押木仲治がその権限として作成すべき同人名義の起訴状記載の如き内容の家畜埋却証明書三通を作成したことが認められるけれども、被告人高橋、同長谷川の前示各供述調書被告人高橋が右家畜埋却証明書作成当時被告人斎木所有にかかる判示牡牛が末だ死亡埋却されて居らず、従つて右証明書の内容が虚偽である事実を認識していたとの供述記載部分は被告人高橋の当公廷における供述、裁判所の証人高橋重英の尋問調書、証人長谷川力一の当公廷における供述に照して容易に信用し難いからこれを採用しない。右認識の点については他にこれを裏づけるに足る証拠は存在しないから証人押木仲治、同増田哲男の当公廷における供述により明らかなように被告人高橋は仙田村々長の補助機関たる衛生係書記として村長の権限において発行すべき右家畜埋却証明書を村長名義において作成、交付する事務に従事していたものであり、しかも右書類の作成については一々上司の決裁を経る必要のなかつたことを考えれば、同被告人が右家畜埋却証明書の内容が虚偽である点についての認識を欠いていた場合には右文書作成行為についての公文書偽造罪の成立するいわれのないこと当然であり、従つて結局前記公文書偽造の事実については犯罪の証明がないことに帰するから刑事訴訟法第三百三十六条に基き無罪の言渡をなすべきものである。

尚被告人長谷川、同斎木に対する公訴事実中偽造有印公文書行使の事実(起訴状記載の公訴事実中第二の(三)の事実に含まれる)については、前段において述べたとおり前記家畜埋却証明書が偽造にかかる点についての証明がないのであるからその行使の点についても結局犯罪の証明がないことに帰するが、右事実は判示偽造有印私文書行使の事実と観念的競合の関係にあるものとして起訴されたものと認められるから、この点につき特に主文において無罪の言渡をしない。

仍て主文の通り判決する。

(裁判官 藤井尚三 三宅東一 藤田耕三)

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